ワークマンこれまでのあゆみ
ワークマンの店舗が初めてオープンしたのは、1980年(昭和55年)のことです。
群馬県伊勢崎市に本拠を置く「いせや」という総合物販会社(現ベイシアグループ)の一部門として、「職人の店ワークマン」を同市に開店したのが始まりです。
「株式会社いせや」は、元々、食品や生活用品の販売をしていた会社ですが、当時、人気の高かった作業服や作業用品などを専門的に扱うお店を出店することを決めました。
そして、各種事業の拡大に伴い、作業関連商品の販売部門も分社化することとなり、1982年に「株式会社ワークマン」を設立しました。
その後、事業は順調に拡大し、店舗数を増やしながら成長を遂げていきます。
1982年には、隣接の埼玉県にも店舗を進出していきます。
そして、栃木県、茨城県、千葉県など、近隣地域から店舗を徐々に拡大していき、1988年(昭和63年)には、国内100店舗を達成。
その後も、1992年(平成4年)には200店舗、1997年(平成9年)には300店舗、2000年(平成12年)には400店舗と拡大していきます。
現在では、宮崎・鹿児島の2県を除く45都道府県に800店舗以上を展開する全国的な専門店チェーンを経営し、まもなく1,000店舗も確実視されています。
また、その間に群馬県高崎市に高崎流通センター、愛知県小牧市に小牧流通センター、滋賀県竜王町に竜王流通センターを、さらには中国・江蘇省・太倉市に中国太倉倉庫(流通センター)を開設していきます。
カジュアルウェアに特化した事業や店舗を拡大
ワークマンは、最近になって新たな事業展開を始めました。
それは、「カジュアルウエア」に特化した事業や店舗の拡大です。
元々、建設作業員が着用する作業服などは、黒や紺、ベージュなど、割と地味な単色が当たり前でした。
それは、作業の安全確保や能率向上のために、派手な作業服の着用が制限されていたからでした。
ところが、建設工事現場における人手不足が顕著となり、若い労働力、若者の雇用獲得が不可欠となりました。
そして、若者を募集しやすくするために、今までのようなダサい作業服ではなく、スタイリッシュな服装でも着用できるように規制も緩和されてきたのです。
こうして、若者が好むようなカラフルでカジュアルな商品の開発が急速に進み、しかも、丈夫で高機能、低価格というメリットが再評価され始めたのです。
さらに、これまでのように仕事着として求めるユーザー以外にも、バイクやアウトドア、スポーツなどで着用する目的で買い求めるユーザーが出始めました。
その一例として、ワークマンが2016年から販売を始めた「イージス」という商品の場合、バイクに乗るライダー達の要望などに応えて、よりルーリングなどの環境に適した機能重視の商品として仕上がり、多くのユーザーを獲得するに至りました。
そして、それらのカジュアルウェアを戦略的に販売するために、新たに店舗戦略も見直されました。
2018年に、カジュアル専門店「ワークマンプラス」の展開を始め、9月には第1号店となる「ららぽーと立川立飛店」をオープンしました。
今後も「WORKMAN Plus」はアウトドア・スポーツ・レインウエアの専門店として、新店舗や既存のワークマン店舗の改装などにより続々と増やしており、将来的には100店舗を目指しています。